
会社役員が損害賠償のリスクを心配することなく、日々の業務に安心して取り組めるようにするためには「D&O保険」が役立ちます。
本記事ではD&O保険について、必要性や加入のメリット、加入すべき企業の特徴などを解説します。D&O保険の導入を検討している企業は、本記事を参考にしてください。
1.D&O保険とは?
「D&O保険(Directors and Officers Liability Insurance)」とは、企業の役員が職務の執行に関して負う損害賠償責任や、責任追及に対処するための費用などを補償する保険です。「役員賠償責任保険」とも呼ばれています。企業には、株主や取引先など多数のステークホルダーが存在します。また、世間に広く認知されている会社は、常に一般消費者の監視の目に晒されています。
そのため、万が一不祥事が発生すると大規模なトラブルに発展し、役員が多額の損害賠償責任を問われる事態になりかねません。
こうした損害賠償の危険から役員を守るのが「D&O保険」です。D&O保険によって損害賠償責任がカバーされていれば、役員は経営判断の失敗などを過度に気にすることなく、適切にリスクをとりながら日々の業務に取り組むことができます。
特に近年では、日本でもコーポレートガバナンスへの関心の高まっており、企業に対する社会の監視が強くなっています。それに伴い、D&O保険への注目度も高まっている状況です。
2.D&O保険は必要か?
D&O保険は、役員のために企業が加入するものです。企業がD&O保険に加入すると、メリットがある一方で保険料の負担が発生します。
損害賠償リスクの大きさ、役員人材を確保する必要性、コストなどを総合的に考慮して、D&O保険に加入すべきか否かを適切に判断しましょう。
2-1.会社がD&O保険に加入するメリット
D&O保険の直接的なメリットは、損害賠償請求を受けた役員の個人資産を守れる点です。会社経営のミス等を理由とする損害賠償請求は、数億円以上の多額に及ぶことが珍しくありません。損害賠償請求を受けた役員が、個人資産でその全額を支払えるケースは稀です。支払えなければ、自己破産などに追い込まれてしまうリスクがあります。
企業がD&O保険に加入していれば、役員の損害賠償責任が保険金によってカバーされます。支払限度額を超える損害賠償責任を負うケースを除き、役員が個人資産をもって損害賠償を行う必要はありません。
D&O保険によって役員の損害賠償責任がカバーされることについては、企業にとっても主に以下の2つの観点からメリットがあります。
①経営判断に対する萎縮効果の防止
取締役などの業務執行役員が、経営判断の失敗による損害賠償責任などを心配せずに済み、適切にリスクをとりながら経営を行うことができるようになります。
②役員に適した優秀な人材の確保
役員就任に伴う損害賠償のリスクが軽減されるため、候補者の側でも就任への抵抗感がなくなり、優秀な人材の確保に繋がります。
2-2. D&O保険にかかるコスト
企業がD&O保険に加入する際には、保険料の負担が発生します。保険会社のプランに寄りますが、保険料全体の9割程度を会社が負担し、残りの1割程度を役員が負担するケースが多いようです。具体的な保険料の金額は、企業の規模や業種、過去の不祥事の有無や内容、支払限度額などによって個別に定められます。中小企業向けなら役員1人当たり数十万円程度が標準的ですが、大企業向けなら数百万円程度に及ぶケースもあります。
保険料の負担は経営上のデメリットであるものの、経営判断に対する萎縮効果の防止や役員人材の確保のメリットが上回るなら、D&O保険に加入する価値があります。
自社の状況に応じて、メリットとコストを比較したうえでD&O保険に加入するかどうかを判断しましょう。
3. D&O保険に加入すべき企業の特徴
D&O保険に加入するかどうかは、各企業において個別に判断すべき事柄ですが、一般的には以下のような企業においては、D&O保険に加入することが望ましいと考えられます。①上場企業や上場準備中の企業
②外部株主(VC・ファンド等)から出資を受けている企業
③事業の性質上、訴訟リスクが高い企業
④大胆・迅速な経営判断が求められる企業
⑤急成長中で拡大期にある企業
⑥M&Aを行う企業
3-1. 上場企業や上場準備中の企業
上場企業は、株主をはじめとするステークホルダーがきわめて多数に及びます。その分、株主代表訴訟や一般消費者からのクレームなどによる損害賠償のリスクが大きいため、D&O保険に加入する必要性が高いと言えます。 上場準備中の企業においても、上場手続きの過程や上場後の損害賠償請求に備えるため、早い段階からD&O保険への加入を検討することが望ましいです。3-2. 外部株主(VC・ファンド等)から出資を受けている企業
ベンチャーキャピタル(VC)やプライベートエクイティファンド(PEファンド)などの外部株主から出資を受けている企業では、経営の透明性や説明責任が強く求められます。 不適切な経営をしていると判断されれば、役員個人に対しても容赦なく損害賠償請求が行われる可能性が高いです。外部株主からの損害賠償請求に備えるため、D&O保険に加入することが望ましいでしょう。3-3. 事業の性質上、訴訟リスクが高い企業
不特定多数の個人を相手に事業を行う企業は、取引相手が多い分クレームを受ける機会も多くなります。たとえば金融・製造・医療・消費者向けITサービスなどの事業が典型例です。役員が損害賠償責任を負うリスクも高いと考えられるため、D&O保険による備えをしておくことが望ましいと考えられます。
また、取引の単価が大きい企業では、一度のトラブルで発生する損害賠償の額が大きくなりがちです。たとえば、不動産・建設・運輸・広告代理店などの事業が挙げられます。 このような事業を行う企業でも、D&O保険によって損害賠償のリスクに備えることが望ましいでしょう。
3-4. 大胆・迅速な経営判断が求められる企業
スタートアップやイノベーションを目指す企業などにおいては、スピード重視で大胆な経営判断を行うことが必要不可欠です。成功すれば大きなリターンを得られる反面、失敗のリスクも伴います。経営判断のミスによって会社が損害を被った場合、株主代表訴訟などによって損害賠償を請求されるおそれがあります。
法的には、経営判断のミスによる損害賠償責任が認められるケースは少ないものの、訴訟対応などに多額の費用がかかってしまうかもしれません。D&O保険に加入していれば、このようなリスクに備えることができます。
3-5. 急成長中で拡大期にある企業
急激なスピードで成長した企業では、法務・経理・コンプライアンスなどのバックオフィスの整備が追い付かず、十分なガバナンスが働かないケースが散見されます。このような状態では、企業不祥事による損害賠償のリスクがいつ顕在化してもおかしくありません。役員に対しては、社内体制の整備が不十分であったことなどを理由に、ステークホルダーから損害賠償を請求されるおそれがあります。損害賠償のリスクを最小限に抑え、企業のさらなる成長を目指す取り組みに注力するためにも、D&O保険への加入を検討しましょう。
3-6. M&Aを行う企業
合併や事業譲渡などの方法でM&Aを行う際には、役員が株主から損害賠償を請求されるケースがしばしば見られます。M&Aの実施そのものを経営判断のミスだと指摘されたり、会社法上の手続きが適切に実施されていないと指摘されたりするなど、さまざまなトラブルのリスクが存在します。M&Aの対価が大きければ大きいほど、役員が負う損害賠償のリスクも高くなります。
M&Aに伴う損害賠償のリスクに備えるためには、あらかじめD&O保険に加入しておくのが安心です。
4. D&O保険に加入する際にチェックすべきポイント
企業がD&O保険に加入する際には、特に以下の事項をチェックしましょう。①支払限度額は十分か
②弁護士費用なども補償されるか
③免責事項の内容
4-1. 支払限度額は十分か
D&O保険に加入する際には、支払限度額を設定することになります。支払限度額を超える部分の損害賠償については、保険金が支払われないので注意が必要です。支払限度額は、保険会社が用意しているプランの中から選択するのが一般的です。ただし、企業の規模などによっては、標準的なプランよりも多額の支払限度額を設定できるケースもあります。 支払限度額が高ければ高いほど、支払う保険料も高くなります。支払限度額を最低限にして保険料を抑えるか、コストをかけてでも安心を重視するかのトレードオフです。
企業の役員が負う損害賠償責任は、思いがけない高額となるケースがよくあります。そのため、D&O保険の支払限度額は、できる限り余裕を持たせた金額に設定することをお勧めします。
4-2. 弁護士費用なども補償されるか
D&O保険のプランによっては、役員の損害賠償責任以外に、関連するさまざまな費用も補償されることがあります。役員の損害賠償責任以外にD&O保険で補償される費用としては、以下の例が挙げられます。
・弁護士費用
・危機管理対応に関するコンサルティング費用
・会社が役員に対して補償を行う際にかかる費用
など
特に弁護士費用の負担は、多額の損害賠償請求を受けた場合には非常に大きくなる可能性があります。
損害賠償責任は保険金でカバーされても、弁護士費用がカバーされていないと、思いがけず多額の支出が発生してしまうことになりかねません。D&O保険に加入する際には、最低でも弁護士費用がカバーされているものを選択することをお勧めします。
4-3. 免責事項の内容
D&O保険の約款で定められた免責事項に該当する場合は、保険金が支払われません。D&O保険の主な免責事項としては、以下の例が挙げられます。
・犯罪行為
・違法に私的な利益を得る行為
・法令違反であることを認識しながら行った行為
・違法な役員報酬の支払い
・インサイダー取引
・賄賂の供与
・保険期間の開始日より前から発生していたトラブル
・環境汚染
・身体の障害、精神的苦痛
・財物の滅失、破損、汚損、紛失、盗難
・誹謗中傷
など
免責事項を確認することは、D&O保険による補償の範囲を正確に把握する観点から重要です。D&O保険に加入する際には、必ず約款上の免責事項を確認しましょう。
5. D&O保険への加入に必要な手続き
株式会社がD&O保険の保険契約を締結する際には、その内容を株主総会の普通決議によって(ただし、取締役会設置会社の場合には取締役会決議によって)決定しなければなりません。(会社法430条の3第1項)。株主総会を開催する際には、原則として、非公開会社なら1週間前、公開会社なら2週間前に招集通知を発送する必要があります(会社法299条)。
ただし、株主全員の同意があるときは、招集通知を省略することができます(会社法300条)。
株主総会の当日は議長の議事進行により、株主からの質問や取締役の回答などの議論を経たうえで採決を行います。
普通決議を行う際には、原則として行使可能議決権の過半数を有する株主の出席が必要ですが、この定足数要件は定款によって排除されているケースが多いです。
定款に別段の定めがある場合を除き、出席株主の議決権の過半数の賛成が得られれば、D&O保険に関する保険契約の内容が承認されます。
株主総会の議事については、議事録の作成が義務付けられています(会社法318条)。後にトラブルが発生した場合に備えるためにも、確実に議事録を作成しておきましょう。
なお、取締役会設置会社における決議については、以下の要件や手続きが求められます。
・原則として、取締役会の開催1週間前までに招集通知を発する必要があります(会社法368条1項)。
・取締役全員の同意がある場合には、招集通知を省略することができます(会社法368条2項)。
・決議の際には、議事録の作成が義務付けられています(会社法369条3項)。
・取締役会決議は原則として、
・行使可能な取締役の過半数の出席(定足数要件)
・出席取締役の過半数の賛成(賛成数要件)
の両方を満たす必要があり、これらの決議要件は定款にて軽減することはできません(会社法369条4項)。
補足:
この手続きは役員の利益相反取引にも類するため、適正な手続きと社内統治が重視されます。
株主総会決議(または取締役会決議)を経ずにD&O保険契約を締結した場合には、後日、会社や株主から問題提起されるおそれがあるため、慎重な運用が求められます。
6. まとめ
企業がD&O保険に加入すれば、役員を損害賠償のリスクから守ることができます。経営判断に対する萎縮効果の防止や、役員に適した優秀な人材の確保に繋がるのが企業にとってのメリットです。特に上場企業や上場準備中の企業、外部株主から出資を受けている企業、訴訟リスクが高い企業、大胆・迅速な経営判断が求められる企業、急成長中で拡大期にある企業、M&Aを行う企業などは、D&O保険への加入が推奨されます。
企業がD&O保険に加入する際には、補償内容をきちんと確認することが大切です。
特に支払限度額・弁護士費用などの補償・免責事項については必ず確認しましょう。
D&O保険への加入に当たっては、会社法に基づき株主総会の普通決議を経なければなりません。必要に応じて弁護士のサポートを受けながら、確実に手続きを進めましょう。後のトラブルに備えて、議事録を作成しておくことも大切です。
D&O保険は、大企業や成長を目指す企業が本業に注力するための大きな支えとなります。まだ加入していない企業は、この機会にD&O保険への加入をご検討ください。
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著・監修
阿部 由羅(あべ ゆら)
ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。企業法務・ベンチャー支援・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。
https://abeyura.com/
https://twitter.com/abeyuralaw